森木製菓

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果たして社長になれるのか!?

愛すべきツイッターの消滅を望む

こんばんは。

深夜の勢いを承知でブログを書いている森木です。

さっき英語のお勉強をしていたら、

Tom says to Mery, "I love you."

Tom tells Mary that I love you.

の意味の違いが分かるように訳しなさい。という問題がありました。

普段自分の持つイメージを言葉にして伝えるのが苦手な私は、どっちともトムがメアリーに愛してるって言ったという出来事を表しているんだから違いも何もないと思ってイライラしてしていたのです。

そしてそのイライラをツイートしようとしました。

そのときにふと思ったのが、ツイッターは確実に現代っ子のストレスの原因になっているということです。

例えば、私がそのまま「なんだっていいじゃん。細かいことばっかり聞いてくんじゃねぇよ」とツイートしたとします。

そしたらきっとこのツイートに対して(自分のことだろうか…)と不安を覚える人が現れると思います。

まっさら綺麗に全ての他人と付き合えている人間なんかほぼいないに等しいのだから、絶対に1回はこういう経験があるのではないでしょうか。

でもこれって超くだらないのです。

だってツイッターなんてやらなくたって生きていけるし、というか本来はなくても良かったもので色々考えて自分の精神をぐちゃぐちゃにすることに時間を費やすのはもったいないからです。

でもプラスの感情を働かせる分にはいいと思います。

そしたらツイッター的にも利用者側にも嬉しいからです。

私がツイッターを始めたばかりの頃は、好きな芸能人とか趣味が合う人をフォローしていました。

だんだんとフォロワー数が増えるにつれて、いちいちTLをたどらなくなったし、自分がツイートしてリプがきたときだけ返すという使い方をしたり、あとは、当時アニメとサラリーマンが大好きだったのでアニメ好きなサラリーマンをフォローして楽しんだりしていました。

今振り返ると、このときの私は上手にツイッターができていたなと思います。

見ず知らずの人にあふれる空間で干渉しすぎるわけでもなく、ただ自分が興味を持ったり持たれたりした人とそのときどきだけ関わっていればいいからです。

これは現実でも言えるけど、生きてて苦しいときはだいたい小さい社会にずぶずぶとハマっているときです。

こうやって書いていると、ツイートをするたびにいちいち他人のことを考えなきゃいけないのかってなるけど、そしたらツイッターの本来の良さがなくなってしまうので、不安だったらとりあえず鍵をしとけばいいと思います。(適当)

あとリツイートとかふぁぼとかいう機能がありますが、アレがなければコンビニのアイスケースに入ったり、バンズに埋もれたりする若者は減っていたでしょう。

ただ単に知り合いだけに見てほしくてやった人もいたかもしれないけど、でもその評価と注目が欲しくてやった人もいたと思います。

リツイートとふぁぼを得るためには、衝撃とか面白さとか共感が必要ですが、それを求めた結果な気もします。

でも残念ながらアイケースに入れば誰だってリツイート数もふぁぼ数も稼げます。

その発想に至ったのはすごいと思うけど。

あと定期的に”飲み”検索してリツイートして楽しんでいる人がいるので、未成年の飲酒ツイートも気を付けたほうがいいですね。

ツイッターに限らずネットは危ないのです。

で、そういうことをやった人に対して

「○○高校の○○さんが飲酒ツイートしてて、電話番号は○○だけど、かけないであげてね~」

ってツイートをする人が一番どうなのかと思います。

なんで知らなくても良かった人たちに対して個人情報を広めるのかも、なんで電話番号をさらすのかも分かりません。

関係ない人たちがかけて何になるのでしょうか。

そりゃ飲酒ツイートはいけないけど、そこはそこで然るべき対応をされてるんだからそこはそこでやっとけよってそういう話です。

だから私はツイッターが大嫌いです。

ツイッターなんてなくなれと思いながら、今日も明日も明後日もその先も大好きなツイッターをやります。

大好きでずっと向かい合っているからこういう嫌な部分も見えてきてしまうのです。

結局ツイッターは自由なもので、利用する側の気持ち次第で嫌なものとも良いものともとれます。

あとは情報を得るにも便利だし、簡単に人と繋がれるし、ツイッターについて語ったらキリがないんだけど、ただこういうことを思ったよって、そういう話でした。