こんばんは!
とりあえずヤクルトを飲んでおけばなんとかなると思っている森木です。
昨日、チャールズ・ブコウスキーの自伝的小説を元にした『酔いどれ詩人になるまえに』という映画を観ました。
Factotum (2005) Official Trailer # 1 - Matt Dillon
↑日本語版の予告がYouTubeになかったので、なんとなく雰囲気だけでも感じ取ってもらえればと思います。
先週TSUTAYAで見かけて思わず手に取ってしまった作品です。
自分の今の状況が状況なので、観ねば!という気持ちになりました。
それでタイトルの通り、主人公のチナスキー(マット・ディロン)が自称・詩人なんですけど、暮らしぶりがまぁ酷い。
バイトは即クビになるから安定した収入もなく、酒と競馬と女に溺れる毎日を過ごす。
一見クズ男の代表格みたいな主人公なのですが、それでも文章だけは書き続けていました。
そんな彼の言葉で印象に残ったものが2つあって、
1つ目は物語の中盤でカフェで文章を書きながら語っていた、
どん底でも言葉はおれの中から湧き上がり
書き留めないと死よりひどいものに支配された
言葉は大切なものでなく必要なものだった
というもの。
もう1つが、両親に嫌われ、バーで出会って同棲していた彼女・ジャン(リリ・テイラー)と別れ、家も失った後、の
もし何かにトライするなら徹底的にやれ
でなきゃやるな恋人や妻を失うかもしれない
親戚や定職や、正気すらも3,4日メシにありつけないこともある
公園のベンチで凍え 留置所にブチ込まれることもまた冷笑され、徒労や孤独も味わうだろう
だが孤独は贈り物だ
ほかは忍耐力のテストだ
いかに本気かが試されるそれらを越え 拒絶や確率の低さをものともせず
やり遂げた時のすばらしさは格別だもし何かにトライするなら徹底的にやれ
この言葉です。
私はこれを聞いたときに、彼の中で"文章を書く"ということがいかに大きいものであるかを知りました。
だって普通、職を失ったり人間関係が壊れたりしたら、少しは自信を無くすものじゃないですか。
なのに彼はしれっとしているんです。
しれっとしているというか、自分を曲げないし、決して卑下したりしない。
どんなに見下されようが、彼なりの信念を貫き通しているのです。
あとは、この主人公のある意味"真っ直ぐな生き方"に私は憧れました。
やっぱり世間の目っていうのはどうしても気になってしまうものだと思います。
しかし、彼はそんな世間とも闘いながら、自分のやりたいことと真剣に向き合っていました。
それで、この映画の原作を描いたチャールズ・ブコウスキーが実際にどんな人生を歩んできたのかが気になったので調べてみたんですけど、
自身の文章で最初に商業的成功を得たのは49歳の頃とのことでした。
間で雑誌に短編が掲載されたりとかもされていたそうですが、この年齢まで気にするかオラオラー!!!と闘い続けていたのってやっぱり凄いですよね。
とりあえず近所の図書館でチャールズ・ブコウスキーが書いた本を借りてきました。
あとこの作品が評価されているのって、当たり前ですけどブコウスキーが結果成功したからですよね。
じゃないとただの欲望にまみれた男の話で終わってしまうし。
ただ、自分のやりたいことをやる!というのは字面だけだと簡単そうに思えますが、実際は凄く難しいのです。
でも結局邪魔をしてきているのって世間ですよね。(この世間は家という小さい世間も含めます)
何で気にしてしまうんだろう、というかそもそも世間って何なんだろう。
ベッドで横になりながら考えます。
以上!!!
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