森木製菓

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果たして社長になれるのか!?

『生きてるだけで、愛。』2回目を鑑賞。人間の皆さんへ質問があります

こんばんは!
机の上が汚い森木です。



先日、映画『生きてるだけで、愛。』をまた観てきました。



前回の記事で"もう1回観たい"と書いていましたが、2週間も経たずして再びの鑑賞です。


morikicompany.hatenablog.com


なんか最近また頭の中がぐるぐる侍になったので、心の安定を求めるかのごとくチケットを購入しました。

一瞬話を聞いてもらうために久々にカウンセリングに行こうかと思ったのだけど、この映画を観た方がよっぽどスッキリすると思ったのです。


そして、2回目を観て新たに気が付いたことと疑問に感じたことがありました。

それは、

・家にいるときと外の世界に出たときの描写が違う(気がする)
・確かにどの登場人物にも共感できる
・人ってどのくらい自分を抑制してるの?

の3つです。


1つ目と2つ目に関しては、『生きてるだけで、愛。』の映画レビューを読んで改めて考えさせられたことです。

評価を低めにしている人のコメントで「なんか仲里依紗とかの登場人物がちゃっちくてもったいない」っていうのがあって、最初はそうかな?と思ったんだけど、2回目は言われてみればそうかもと。

ちなみに仲里依紗さんが演じていたのは、菅田くん演じる津奈木(つなき)に対して未練たらたらの元カノです。


ただ私が本当にちゃっちい気がすると感じたのは、寧子(やすこ・主人公)が外の世界にいたときだけなんですよね。

家にいるときは時間の流れもゆっくりだし、画も"文学"って感じなんだけど、バイト先とか他人といると途端に"いかにも映画"っぽくなるんですよ。

なんかそれが「人生は舞台説」がある私にとっては、すごくしっくりきました。


1人でいるときの精神世界と、誰かといるときのちょっと演じてしまう感がうまく描写されていたんだなぁと。

特に寧子みたいな、分かりやすい言い方をするとメンヘラな人は余計取り繕いがちですからね。


あと、どの人物の気持ちも分かるんですよ。

寧子の感情がすぐわーってなるのも、津奈木の現実と距離を置いてしまうのも、安堂のバリキャリ&人への執着もバイト先の人の普通さも全部理解ができるんです。

だからこそこの映画は観ていて心地が良いのかなって思いました。


そして最後に私が疑問を抱いた、「人はどのくらい己を抑制しているか」について。

なんでこんなことを思い始めたかというと、私も結構寧子タイプで感情が爆発しがちだったんですよね。

ただ最近は50%くらいを保てていて、その理由は"私が暴れても誰も平和にならない"と気付いたからでした。

以来どこか冷静に現実を見るようにしているけど、でも今を生きている感がだいぶ減りました。


それが自分がちょっとおかしいかなと思っていた理由なのですが、もしかして人間実はみなヤバいのでは?という新たな考えが生まれたわけです。

皆さんはどのくらいの頻度で自分をなだめたり、闇に入らないために目の前のできごとの表面しか受け取らないようにしていますか?


うーんなんか私ヤバい→そうだクリニックに行こうって人が一部しかいないから、統計的に平均とズレた扱いをされているだけで、本当は人ってやっぱり「生きてるだけですごく疲れる」素質があるような気もします。

だけどもし違ったらまた私が変な人扱いをされてしまうので、このブログを読んでくれた人とだけの共有にしておきますね。


そういうことに気が付けました。

1日1~2回しか上映されていなくて、来月も観られるか不安なので気になる人はお早めに。


ikiai.jp



以上!!!